連続する苦悩のなかで掴んだ、輝かしい栄光をもかなぐりすて、挑みつづける、野球道の極みへ。

第4回 石井琢朗さん プロ野球選手

2009年3月16日

インタビュアー 丸山貴宏

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石井琢朗さん
  • PROFILE
    石井琢朗(いしい・たくろう)
  • 1970年栃木県生まれ、プロ野球選手。県立足利工業高校時代は投手として活躍し、甲子園にも出場。
  • 1988年、ドラフト外で横浜大洋ホエールズ(当時)に入団。1年目から初勝利を記録するなど活躍するも、1992年からは野手転向を直訴。その年に三塁手として定位置を奪い、1993年には盗塁王とゴールデングラブ賞を獲得。オールスターにはその後1997年から5年連続で出場。
  • 1996年には三塁手から遊撃手へとコンバート。1997年からは1番に定着し、2001年まで5年連続でベストナインに選出される。
  • 1998年には「マシンガン打線」の1番打者として、初の最多安打、2度目の盗塁王、4度目のゴールデングラブ賞を獲得し、チーム38年振りとなるリーグ優勝と日本一に貢献。同年、球団創設史上初となる最多得点も獲得し、日本シリーズでは優秀選手に選ばれる。
  • 1999年には通算1000本安打、1000試合出場、200盗塁を達成。同年、1試合最多得点となる6得点も記録。
  • 2006年には史上34人目となる2000本安打を達成。投手として勝ち星を挙げた打者としては川上哲治以来2人目、またドラフト外入団選手としても秋山幸二以来2人目となる快挙となる。
  • 2009年シーズンより、広島東洋カープへ移籍。レギュラーの活躍を期待されている。
Next update 石井琢朗氏
ドラフト外入団という「無名」からの出発。

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「求められること」の幸せを感じつつ、新天地へ。

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「求められること」の幸せを感じつつ、新天地へ。

2006年、ドラフト外入団選手としては秋山幸二選手以来史上2人目、投手として勝ち星を挙げた選手としても川上哲治選手以来史上2人目となる、通算2000本安打を達成した石井琢朗さん。さらに同年には、球団最多安打記録であった松原誠選手の通算2081本を塗りかえ、自己最多となるシーズン174安打を放って完全復活を果たした。だがオフに膝を手術したこともあり、2007年には連続試合出場が途絶え、またシーズン終盤には死球を受けた際に右手首を骨折してしまう怪我にも見舞われる。そして先発出場機会が激減した昨年のオフ、「ミスターベイスターズ」とまで呼ばれた彼が、球団から戦力外通告を受けることに。けれども、彼は諦めなかった。国内外を問わずに移籍先を探し、広島東洋カープへと移籍。1億2500万円あった推定年俸は2000万円に。それでも今年39歳になる大ベテランは、実績やプライドをかなぐりすて、初心にかえり、新天地でレギュラー奪取に挑む──。

「過去を誇らず、未来を望まず、現在を一生懸命に生きる。ひたむきに現在を積みかさねてゆけば、未来は自然と訪れる」

丸山:
野球選手が「潮時」を口にするとき、まだ現役続行を望まれているうちに、惜しまれつつやめていきたいとする選手が多いように思われます。しかし石井さんは昨年、「引退」を選ばず、「戦力外通告」されることを拒みませんでした。そして、自身の実績に見合っているとはいえない低年俸での広島への移籍を選択。前述の「引き際」とは異なる美学をお持ちのように感じます。
石井:
以前は、少し余力を残して格好良く現役を引退していこうと心に描いていました。でも、最近になって、野球ができることの幸せを考えるようになると、ボロボロになってもやりたいという思いがつきあげてきたんです。僕から野球という仕事をとってしまったら、いったいなにが残るんだろうかと。いくら年俸が下がったといっても、僕がそれだけの給料を稼げる職業なんて、他にはないですから。引退するのは簡単です。でも、引退しまったものは、もとには戻らないですし、可能性をゼロにしてしまうということでもあります。現役でつづけてさえいれば、年俸を上げる可能性を追求できるわけですから。現状に感謝して、謙虚に野球をつづけさせてもらうという意味での、広島への移籍という選択だったんです。
丸山:
プロ野球選手になること、野手として成功すること、そして2000本安打……。数々の夢を実現されてきた石井さんですが、これより先の将来、どのような新たな夢を描いていますか。
石井:
もういちどタイトルをとりたいとか、日本一を経験したいという思いはあります。でも、いまは、過去を誇らず、未来を望まず、とにかく現在を一生懸命生きてみようと。多くを願わずに、ひたむきに現在を積みかさねてゆけば、未来は自然と訪れるのかなと思っています。僕は、一度は底まで下がった人間ですから、それを謙虚に受けとめてやっていきたい。一日一日を大切にして、野球を、一日でも長くつづけること。それが、夢といえば夢なのかもしれませんね。
丸山:
最後に、いま、転職を考えている30代、40代に、力強いメッセージをお願いします。
石井:
転職すべきかどうか迷っているのに、一歩を踏みだせずにいるというのは、いままで自分が残してきた実績や、それに伴うプライドが邪魔をしていることもあると思うんです。そういう気持ちは僕にもありました。でも、それを取りのぞいて、もういちど自分自身を見つめなおしてみる。それと、恩師から頂いた「ワースト・コンディション・イズ・ベスト・コンディション」という言葉を、僕は大切にしてきました。どんな最悪な状況でも、いまこそが最良の状況だと思えば、なんでも挑戦できるじゃないかと。現状に不満をいうのではなく、プラス発想でその現状を変える勇気を持ってみる。転機をピンチと思っている人が多いかもしれませんが、転機はチャンスでもあるんですから。

<了>

構成/平山譲

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