連続する苦悩のなかで掴んだ、輝かしい栄光をもかなぐりすて、挑みつづける、野球道の極みへ。

第5回 プロ野球球団代表 米田純さん

2009年4月6日

インタビュアー 丸山貴宏

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米田純さん
  • PROFILE
    米田純(よねだ・じゅん)
  • 1963年 神奈川生まれ 小学校3年生より野球を始める
  • 1979年 神奈川県立平塚江南高校に入学 軟式野球部で関東大会ベスト4入り
  • 1982年 早稲田大学教育学部教育学科体育学専修に入学 体育会準硬式野球部に所属
    東京六大学リーグ戦優勝3回、全日本選手権優勝1回
  • 1986年 株式会社西武百貨店に入社 池袋西武紳士服売場に配属
  • 1990年 池袋西武営業企画部に異動。各種プロモーションをプロデユース。
  • 1994年 本社店舗運営部営業分析課に異動。全32店舗の営業数値分析業務を遂行する。
  • 1998年 つくば西武販売促進課長として赴任。地方の標準店舗の経営に携わる。
  • 2002年 本社営業企画部に異動。
  • 2003年 楽天株式会社に転職。部長として既存顧客マーケティング部署の立ち上げに携わる。
    「楽天ポイント倶楽部」「ポンカンキャンペーン」などポイントを活用した営業プログラムや仕組みを構築。
  • 2004年 9月より「楽天野球団準備室」と兼任。50年ぶりのプロ野球新規参入手作業に携わる。
    11月に新規参入決定後、取締役チーム統括本部長兼球団代表に任命される。
Next update 米田純氏
「悔いの残る野球人生」からの出発。

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個人の目標から、夢の共有へ。

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未来を大きく変える転職への勇断。

39歳まで勤めた西武百貨店を退職し、異業種への転職を決断した米田さん。選択したのは、躍進著しいIT関連企業の楽天だった。代表の三木谷浩史氏との出会いに感銘を受け、若い社員たちのなかへ飛びこむようにして入社。業績躍進のまっただなかで、顧客の分析などで力を発揮し、グループ企業としての拡大化に貢献していった。六本木ヒルズへ移転した折、野球好きを集めて野球部を創設。そんなとき、楽天がプロ野球に参入するというビッグニュースが飛びこんできた。その舵取役に抜擢されたのが、社内では珍しい「野球経験者」の米田さんだった──。

「壁をぶち破らなければ、人生は変わらない。別の世界で自分の可能性を広げることに挑戦してみたかった」

丸山:
西武百貨店から、異業種の楽天への転職をご決断した、その経緯をお聞かせ願えますか。
米田:
39歳になり、もう人生の折り返しだなと思い、転職を思いたちました。いちばん行きたかったのが、楽天でした。まだ有名な企業ではありませんでしたが、これからIT関連企業はかならず成長するという確信がありましたし、楽天の成長が著しかった。また、オーナーの三木谷さんともお会いして、予想外の、突拍子もないことを発想されていて、その先見性に、一度会っただけで憧れてしまい、この人についていきたいなと思ったんです。転職は、周囲には大反対されました。父なんて、泣いて反対していました。もちろん、僕の中にも不安がなかったといえば嘘になります。会社を辞めることや、新しい世界に飛びこむことは、恐怖心が伴います。でも、壁をぶち破らなければ、人生は変わらない。西武百貨店にいた場合の自分の人生の限界が見えてしまって、それならば、別の世界で自分の可能性を広げることに挑戦してみたかったんです。
丸山:
転職を成功に導くには、転機をチャンスと捉える積極性が大切かと思うのですが。
米田:
楽天では、もちろん戸惑いもありました。いかんせん若い企業で、39歳の僕がかなりの年配で、それなりの居づらい空気みたいなものもありました。3月入社でしたが2月中旬から働いて、最初の朝会議でメンバーに紹介されたとき、いきなり次の朝会議までに顧客の分析をして発表しろといわれました。突然なので驚きましたが、それからの1週間、寝ないで数字とにらめっこしました(笑)。そして、過去1年間で100回以上100万円以上も買い物するお客様が5人います、なんてデータを発表しました。会社全体に勢いのようなものを感じましたし、グループ企業として躍進していくという実感もありました。僕自身は、楽天ポイントというシステムを構築していくなかで会社の成長をまのあたりにし、さあ、これから面白くなるぞと前向きに考えていました。
丸山:
そんななか、突然、楽天がプロ野球に新規参入することになりました。米田さんの、「野球を職業に」という密かなる夢が、目の前に現れた瞬間でもあったと思います。そのときの心境はいかがでしたか。
米田:
楽天に転職するにあたり、「野球を職業に」という夢は、もう諦めなければならないのかなと思っていました。僕はマーケティングの分野で生きていく人間なんだろうなと。それでも、もしその後、自分で起業する機会があれば、キャリアを活かしつつ、野球関連の仕事をしたいとは思っていました。それに、やはり野球が好きだったので、社内の野球好きを集めて、野球部をつくったりもしていました。どうしても、野球とは無縁ではいたくなかったんでしょうね。また、楽天がサッカーへの参入を始めたときには、野球はやらないのかなとも思ったりしていました。そんなとき、プロ野球への新規参入の報に接して、その瞬間、おお来たか、と。なんの迷いもなく、僕がやるんだと。夢は持ち続けるものだなと思いました。

<来週につづく>

構成/平山譲

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球団代表としての苦悩と歓喜。

球団代表としての苦悩と歓喜。
「野球を職業に」長年抱き続けてきた夢が現実に。
しかし現実は半年後に開幕をひかえ、激務に追われる日々。
そんな米田さんを支えたものとは。
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